兵庫鍼灸 偉人伝!?(大河編)

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今年の大河ドラマ『龍馬伝』。いよいよ佳境に入ってきましたね(^^)

毎週楽しませて頂いております(^^;>

何を隠そう、私は坂本龍馬の大ファンでして(^^)高知の桂浜や長崎の亀山社中、京都の寺田屋など龍馬ゆかりの地を学生時分は訪ね回っていたものです。

平均視聴率の方も19%台で進んでいるようなので、これからもワクワクしながら見ようと思うのですが、そんな『龍馬伝』の登場人物の中にジョン万次郎がいました。ウルフルズトータス松本さんが演じていたので、見ていた方はお分かりだと思います。

今日はその万次郎についてお話しようと思います。

 

幕末の頃、漁師だった中濱萬次郎は15歳の時に海で嵐に遭遇し、伊豆諸島の無人島鳥島に漂着しました。143日目にアメリカの捕鯨船に救助された萬次郎は船長に気に入られ、そのままアメリカ本土に渡りました。救助された船の名前からジョンと名付けられ船長の養子として様々な西洋の学問を学びました。

 

その後、25歳で日本に帰国したジョン万次郎は幕府に召抱えられ、勝海舟と共に咸臨丸に乗って再び渡米するなどの活躍をし、維新後は今の東大教授に任命されます。

 

で、唐突なんですが、実はそのジョン万次郎の御子孫と兵庫鍼灸専門学校は深い縁で繋がっているのです。兵庫県鍼灸師会の先生として神戸で開業されている事から始まるご縁なのですが、小寺敏子先生という兵庫鍼灸専門学校としても大変お世話になっている方が、実はジョン万次郎のお孫さんだったのです。

 

もうご高齢でもあり女性の先生なので、めったにお会いできませんが、大変、頭の良い方で本を著される程の東洋医学の古典の研究家でもあられます。歴史上の偉人の御子孫は、やっぱり偉大な方なんだなあと深く感じ入った今日この頃です。

 

    鍼灸師会館   小寺先生

 

勝海舟が開いた神戸海軍操練所も阪神高速京橋出口のすぐ近くにあったそうですし、勝海舟自身が阪急三宮駅辺りに居を構えていたそうですから、兵庫鍼灸専門学校の近くを坂本龍馬も行き来していたのではと思いを巡らせると、なんだかワクワクしてきます(^^)

時代が大きく変わろうとしていた幕末。現代にも通ずるものがあるかもしれません。そんな荒波の中を理想に向かって歴史を駆け抜けたジョン万次郎坂本龍馬勝海舟などの偉人達のように、鍼灸師として、またその卵として、これからの医療を背負っていくものとして大胆に進んで行きたいものです!

って、すこし大河ドラマのエンディング風にまとめてみましたけど・・・えっ、よく分からないって!

どーも、すみません(^^;>

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