子どもの「なんで?」にどう応える?

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幼稚園も夏休み。孫たちが泊りがけで遊びにやってきます。

ジジ&ババにとっては、うれしさ半分、疲れが半分というところですが、、、、、

さてさて、この3歳から5歳の孫娘たち、今でこそ「なんで?」と聞いてくる回数は少し減ったものの「なんで?」の連発には非常に戸惑います。

無視をしたり、ごまかしたりせずに何とか答えてあげたいと思うのですが、、、、

自分の子供たちを育てたときはどうしていたのかなぁと回想したりしていますが、どんなふうに接していたのか忘れてしまっています。

そこで、少々復習をしておこうとネットで検索してみました。

いろいろな解釈があるんですね。

子供が「なんで?」と聞くのは、まだ言葉足らずでうまく意思伝達ができないから「なんで?」を連発するのは、自分が知りたい事、興味があることについてもっと教えてほしいから。

「これに興味があるから、もっと一緒に話そうよ、もっと教えてよ」という意思表示だということです。

同じ質問に、同じ答えで答えるのではなく、その話題についていろいろなことを話してあげるチャンスだと思い、いろいろと話をしてあげる機会にするということですね。

別のサイトでは、子供にとって親への信頼は絶大なもの、親に聞けばすべて解決するという思いがあるから、「なんで?」にすべて答えていると「答えを知っている人に尋ねればすぐに答えが得られる」というテクニックを身に着けることになる。だから自分で答えを導き出す能力を身に着けるように仕向けなければならない。というものです。

だから「なんでだと思う?」と質問返しをすることを勧めていました。

また、教育学の図書には

子どもは、何か新しいことを学ぶたびに、新たに学ぶべきものがほかにもあると気づきます。

子どもの好奇心は、その糧にするものによって成長します。


私たち大人の仕事は、その糧を絶やさないようにすることです。


(中略)


「糧を絶やさないようにする」というのは、「食べさせる」ということではありません。「食べるべきものを指示する」ということでもありません。


それはつまり「体に良い食べものを、なるべくいろいろ、なるべくたくさん、手の届くところに置いておいてあげる」ことなのです。


ジャンクフードを一切扱っていないスーパーマーケットに子どもを連れていく時のように。 (そのようなものがあると仮定した場合の話ですが)

『学習の戦略:子どもたちはいかに学ぶか』より翻訳引用

という説もありました。

子供の成長を望むなら大人は口をはさむことを控えるべきだというものです。

どの方法も一理あると思われます。自分の子供であればどのように育ってほしい、育てたいという教育方針をもってかかわっていくことはできるのですが、別々の場所で暮らし、年に何日かしか一緒に過ごすことのないジジ&ババは、孫たちのパパ&ママに接し方を訪ねておくほうがよさそうですね。

小学校から、高等学校のでは、先生が生徒に「何か質問がありますか?」と尋ねることが多いようです。しかし、残念ながらこれは形式な授業単元の終了の合図で、子供たちをより深い知識を求めさせるための動機づけになっていないようです。

何故なら、学校の教育システムの多くは「学校は、良い質問をすることではなく、正解を応えることで高成績が得られる仕組み」になっているからと考えられます。

子供たちの多くもそのシステムに慣れ、良い成績をとるためにどこが大切かを質問することに慣れ親しんできています。

疑問を持つことで、それを解決しようと新しいことを学び、方法を考え、問題解決に導いたり、新しいものを生み出すことができることは明白です。

専門学校や大学での高等教育は本来、そういうことに時間をかける場所で、初等教育では疑問を抱いたなら安心して質問ができるような環境、疑問を口にすることが当たり前という環境を作ることが必要ですね。

型通りの正解の出し方を知っていれば学校では役に立つでしょう。疑問を抱き、質問の仕方を知っているとその解決方法にいきつきますからこれは鍼灸師であれば臨床の助けとなるでしょうし、一般的にも人生の助けになると思います。

他人の人生にかかわるということは本当に悩みの尽きないものです。だから、面白くやりがいがあるのですが、、、、

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